講演
ベルカント・オペラにおける悲哀と夢の作業―ヴィンチェンツォ・ベッリーニのオペラ《ノルマ》・《夢遊病の女》・《清教徒》のシュトゥットガルト演出における過去の反復と現代の超越
概要
ドイツ・シュトゥットガルト市の州立歌劇場ではこの15年間ほどに、演出家のヨッシ・ヴィーラーとセルジオ・モラビトの二人が舞台美術及び衣装を担当するアンナ・フィーブロックとの共同作業により、「ベルカント・オペラ」を代表する存在と目されているヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801-1835)が作曲した《ノルマ》《夢遊病の女》《清教徒たち》を相次いで新演出してきた。ベッリーニを現代流の音楽演劇をすでに実現していた作曲家として再発見ないし新発見したと批評される彼らの功績はしかしながら、台本と筋展開と楽曲との関係を再構成した点にとりわけ認められる。筋展開に即して浮き彫りになる歴史との三重の関係性は、筋書きが展開する歴史的文脈であり、旧体制復活とイタリア統一運動に挟まれた時期に相当する作品成立背景であり、現代に生きる私たちの時代へと通ずる歴史的連続性である。この時空間の中で歌唱する登場人物たちは過去と現在との間、あるいは悲哀と夢との間に生きる歴史の刻印を帯びることになる。ベッリーニによって実践された歴史化はブレヒトによる「異化」と相通ずるものである。シュトゥットガルトの舞台上では、観客の眼前に歴史絵巻でなく近過去がアレゴリーとして呈示されることによって、現代もまた儚くも過ぎ去りゆくものに過ぎないという感覚を観客に喚起する。舞台上の時空間は同時にまた、合い間の過渡期に相当するものであり、あたかも通過旅客用待合室に生きるかのような現代の人間存在を想起させるものでもある。ベッリーニによって反復される過去とは、フロイトが名づけるところの「悲哀の仕事」を通じて未来を志向するものへと変貌する。さらに、三つのオペラに共通するモティーフでもある分身性を強調したヴィーラーとモラビトという二人の演出家による「夢の仕事」を通じて、現代の境界を超越した未来の共同体がシュトゥットガルトの舞台上に構想されているのである。
講演者プロフィール
ドイツ・ライプツィヒ大学演劇学科教授
主要著書
『トランスカルチャー演劇―反復のシーンと超越のジェスチャー』ベルリン, 2015年
『演劇学のスナップショット―ライプチヒ大学講義集』G.バウムバッハ他編, ベルリン, 2014年
『演劇の記述―ハイナー・ミュラーの文字の演劇』共編, ベルリン, 2009年
『自然の形姿の幻影―18世紀演劇における身体・言語・図像』フランクフルト・アム・マイン, 2000年
※プロフィールは発表当時のものです