研究発表
18世紀末ロンドンにおけるヘンデルのイタリア・オペラ作品受容について
概要
1759年に没したヘンデルの作品は、没後もオラトリオ作品を中心にロンドンの劇場や一部の演奏会で演奏され、出版も抜粋を主に再版を含めて継続された。そして、1784年のヘンデル記念祭が大成功を収めた後、1776年の創設以来、ヘンデル作品をプログラムの軸とした演奏会の古楽コンサートの予約者数は増加し、1787年にはアーノルドによるヘンデル作品全集の刊行が開始されるなど、ヘンデル熱が1780年代中頃に高まった。
そのような中、1786年の四旬節のオラトリオ・シリーズにて、ヘンデル記念祭で演奏された作品を中心にアーノルドが編纂した寄せ集めのパスティッチョ・オラトリオ《レデンプション》が上演され人気を博した。翌年にはオペラ《ジューリオ・チェーザレ》がキングズ劇場で上演されたが、このオペラはヘンデルの初演時とは大きく異なり、ヘンデルの他のオペラ作品のアリアなどに新たに歌詞を当てはめたパスティッチョ・オペラである。この時期の演奏会などにおけるイタリア・オペラ作品演奏では、アリアや重唱が抜粋されて取り上げられるかたちが一般的であった。
そこで本発表では、1780年代以降の古楽コンサートを中心にこの時期に取り上げられたイタリア・オペラ作品の傾向について論じた。古楽コンサートでは、ヘンデル記念祭などで歌われた特定のアリアがとりわけ1790年代に毎年のように演奏される傾向が見られることや、オペラ作品から抜粋され新たな英語歌詞が付された《レデンプション》のアリアが歌われる頻度の高まる点に、当時のロンドンにおける演奏会の全体的な傾向として挙げられる英語声楽作品の増加と同様の特徴が見られることを指摘した。更に、1780年代以降のヘンデルのオペラ作品の楽譜出版状況においても人気を博した特定のアリアや英語歌詞版のアリアの出版が数多く見られ、演奏会の演目と出版譜が連動するかたちでオペラ作品のレパートリーの固定化が進んだと考えられる点にも言及した。
発表者プロフィール
杏林大学、玉川大学、武蔵大学ほか非常勤講師
専門:18世紀イギリスにおける音楽受容
主要論文:「一八世紀末ロンドンにおけるモーツァルト受容 ― 招聘計画推進期を中心に ― 」(網野公一ほか編『モーツァルト スタディーズ』玉川大学出版部、2006年)、「18世紀末の古楽アカデミー ― サミュエル・アーノルドの指揮者就任の背景に関する一考察 ― 」(『音楽学』第58巻2号、2012年)、「1780年から1800年にかけての古楽コンサートのプログラムに見られるヘンデル作品の変化に関する一考察」(『杏林大学研究報告 教養部門』第33巻、2016年)
※プロフィールは発表当時のものです
開催記録
質疑応答
題目に使われた「18世紀末」が表す時期の定義について、パスティッチョ・オラトリオの《レデンプション》でイタリア語のアリアに新たな英語の歌詞が付けられた際の内容や元のイタリア語の歌詞との違いについて、人気を博して頻繁に歌われ続けたアリアと当時の人気歌手との関連の有無などについての質問が続き、それらに答えながら18世紀末ロンドンの音楽受容の様相に関する補足説明をおこない、議論を交わしていった。