2017年度6月研究例会 (第163回オペラ研究会)

研究発表

ヘンデル・オペラの「イギリス性」~18世紀ロンドン劇場史の文脈から~

◇発表者:岩佐愛
◇日時:2017年6月17日(土)17:00-18:30
◇会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 26号館(大隈記念タワー)1102会議室
◇言語:日本語

概要

18 世紀前半のロンドンで長期にわたりイタリア・オペラ上演に携わったヘンデルの作品は上演時期から幾つかのグループに分けられる。発表では、王立音楽アカデミー設立以前にヘイマーケット劇場で上演された最初の作品《リナルド》、「第二次」アカデミー解散後にコヴェント・ガーデン劇場で上演された円熟期の作品《アリオダンテ》、同じ劇場主(ジョン・リッチ)の所有するリンカーンズ・イン・フィールズ劇場で初演された最後の作品《デイダミーア》をとりあげ、各作品の内包する「イギリス性」が考察された。まず、《リナルド》はイギリスの伝統音楽劇であるパーセル風セミ・オペラや劇場マスクから影響を受けたとされる。だが現在では疑問視されるスペクタクルの再現性、主題・演出に当時の戦況が影響を与えた可能性についても考慮の必要がある。次に《アリオダンテ》にはリッチの資源(合唱団・舞踊団)を活用した台本・演出の改変が見られる。確かに主題はアリオストの原作に沿うものだが、イギリス国内(エディンバラ)を舞台とする唯一のヘンデル・オペラとして、当時のロンドンで流行した「スコットランド風」(バラッド)オペラやリッチのパントマイム演出(音楽とスペクタクル性の重視)との関連も考慮する必要がある。また、《デイダミーア》の「非英雄オペラ」的性格は、1730 年代に興隆した「英語オペラ」に見られる古典的主題や英雄の風刺的扱い(バーレスク化)が独自台本や配役に反映された可能性がある。イタリア・オペラ(特に英雄オペラ)の基本形式を維持しつつ、 ロンドンでの上演環境(他の音楽劇演目や舞台設備)から取り入れられたと考えられる「イギリス的要素」は作品(及び上演時期)ごとに異なる。つまり、ヘンデル・オペラの「イギリス性」は何らかの共通性や一貫性を持つ形では立ち現れず、あくまで 18世紀ロンドン劇場史の文脈を反映した「適応」の一環として捉える必要がある。

発表者プロフィール

武蔵大学人文学部准教授

専門:イギリス18世紀研究(美術史、諸芸術論、庭園美学)

関連著作:「ヘンデルの<エイシスとガラテア>初期上演史再考―上演形式の変遷とその政治的背景(1718-1733年)」(『日本18世紀学会年報』第20号、2005年);「捨子養育院における芸術と慈善 ― ヘンデルの<メサイア>慈善演奏会の背景」(『武蔵大学人文学会雑誌』第41巻、第3・4合併号 、2010年);「アキレス》から《デイダミーア》へ:ヘンデルの「バーレスク」オペラ?」(日本ヘンデル協会公演プログラム、2017年)

※プロフィールは発表当時のものです


開催記録

参加者:17名

質疑応答

現代のミュージカルに(ヘンデル時代の)オペラが与えた影響、18 世紀後半に(ノヴェールらにより)フランスで発達することとなる「バレエ(パントマイム)」とマリ・サレやイギリスの「パントマイム」との間の影響関係、宮廷オペラ(劇場)を中心とする大陸(ヨーロッパ)の諸都市と複数の商業劇場でのオペラ上演を可能としたロンドンとの比較、ヘンデルの音楽ビジネスの手法(楽譜出版及び海賊版問題)等について議論が交わされた。