研究発表
現代オペラ演出における文化的参照の問題――クリストフ・ロイ演出《影のない女》(2011年、ザルツブルク音楽祭)とその批評的受容をめぐって
概要
現代のオペラ演出を考えるうえで文化的参照(cultural references)、すなわち、作品が何に読み換えられているかは重要な問題である。それは今日の二種類の観客層において、それぞれ異なった理由から演出を評価する基準となっている。一般的な観客にとって、演出の価値は演劇的様式の芸術性ではなく文化的参照の適切さによって判断される。この判断は、主観的な解釈者としての演出家という概念が誕生する以前の、翻案における適合を重んじる前近代的な演劇美学に依拠している。一方、オペラ演出に強い関心をもつ批評家や研究者は、受容史を踏まえながらオペラのサブテクストを視覚化するドイツ流レジーテアター(「演出の演劇」、あるいは「演出家の演劇」)の一傾向を、そこでの文化的参照の(疑似)学問性ゆえに高く評価する。クリストフ・ロイ演出《影のない女》はこの傾向に属する。
現代オペラ演出における文化的参照には明示的(explicit)参照、演出家によって承認された(authorized)参照、暗示的(implicit)参照の三種類がある。ホーフマンスタールの台本が描く御伽噺的世界を《影のない女》というオペラの受容史上画期的な事件、すなわち、1955年冬にウィーンで行われた初の全曲録音の舞台裏に置き換えたロイの演出は酷評されたが、その最大の原因は、演出家の発言が示唆するこの演出の暗示的参照を批評家たちが初めから理解しようとしなかったことにある。現代オペラ演出の学問的研究においては、演出家の発言を舞台上の細部と照らし合わせつつ文化的参照の全体を把握しようとする真摯な努力が必要である。
開催記録
質疑応答
本演出で喜劇的役割を強調されたバラクとその妻の人物造形について、ホーフマンスタールがコメディア・デラルテを参照していたという指摘があった。また、劇場の観客が舞台上の細部を知覚できない演出自体への疑問も提示された。映像は詳細な分析を可能にするが上演記録として限界があること、映像化を前提とした新たな演出の可能性なども議論された。