2016年度2月研究例会 (第160回オペラ研究会)

研究発表

ヴァーグナーの《神々の黄昏》における「音楽的結末」再考

◇発表者:稲田隆之
◇日時:2017年2月4日(土)17:00-18:30
◇会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 26号館(大隈記念タワー)1102会議室
◇言語:日本語

概要

ドイツの作曲家リヒャルト・ヴァーグナー(1813-1883)の楽劇《神々の黄昏》は、四部作の舞台祝祭劇《ニーベルングの指環》の最後の楽劇として全作の結末を担っている。その結末をめぐってはヴァーグナー自身が苦慮し、ポジティヴな結末によるいわゆる「フォイエルバッハ稿」(1852年)とネガティヴな結末によるいわゆる「ショーペンハウアー稿」(1856年)のテクストを書いた。最終的にはいずれのテクストも用いず、音楽にその結末を委ねたことはよく知られている。しかし不思議なことに、その音楽が詳細に分析された先行研究は見当たらない。

本発表では、ブリュンヒルデがすべてのテクストを歌い終わった以降の音楽を改めて分析し、ヴァーグナーがこの音楽に託そうとした結末について再考した。特に問題となるのが2箇所である。第1に〈ヴァルハルの動機〉の反復の音楽は、そもそも《神々の黄昏》第 1幕第 3場のブリュンヒルデとヴァルトラウテの二重唱で用いられた和声進行と同一のものであり、和声自体はヴァルハル城が燃え上がる事象とは直接結びつかない。また、〈ヴァルハルの動機〉の各開始音はほぼ1音ずつ上行するものであり、華やかなオーケストレーションとも相俟って、ヴァルハル城に対するネガティヴな表現とはみなしにくい。

第2に〈黄昏の動機〉と〈愛による救済の動機〉の連結部分は、一見ポジティヴな大団円に向かうようにみえて、音楽的には不自然であることが重要である。ヴァーグナーにとって、権力の象徴であるヴァルハル城は批判の対象である一方で、強い憧れの対象であることがみてとれ、神々の没落を完全に描き切る前に《神々の黄昏》の音楽は終わっているのである。なお本発表で取り上げた箇所は指揮者泣かせの場面であり、いくつかの音源を聴き比べても各指揮者の苦慮のあとがみてとれる。しかしスコア通りに処理している指揮者がほとんどいないことを指摘した。

発表者プロフィール

武蔵野音楽大学専任講師。博士(音楽学)。専門は音楽学(西洋音楽史)。東京藝術大学大学院博士後期課程修了。文教大学、洗足学園音楽大学、立教大学、東京藝術大学音楽学部附属高校の各非常勤講師(兼任講師)と日本学術振興会特別研究員を歴任後、香川大学講師、同准教授、くらしき作陽大学非常勤講師を経て、現職。

※プロフィールは発表当時のものです


開催記録

参加者:19名

質疑応答

フロアからは、そもそも〈愛による救済の動機〉の象徴内容が曖昧ではないかという指摘、〈愛による救済の動機〉とブリュンヒルデのテクストとの関係、ト書きとの関連から自然の勝利と読み取れるのではないかという指摘があった。最後にいくつか演奏の聴き比べを行ったこともあり、演出家と指揮者の関係の質問、オペラ分析の目的についての質問も出された。そのほかにも多角的に質問が出され、充実した質疑応答となった。