講演
現代曲でつなぐモノオペラの試み
概要
本講演ではオペラという芸術形態を通した新たな試みが可能か否かの回答として、講演者本人が制作・演奏したパフォーマンスを例として提示した。現在、歌劇場で上演されるオペラの多くが、膨大な経済的・人的基盤を要するレパートリー作品である。新たな客層の獲得と今後のオペラのあり方を突き詰めた結果、こうした作品とは対極のアプローチにこそ鉱脈があるのではないかと考え、現代音楽作品をモノオペラの形式に落とし込むことを試みた。あえて現代曲を採るメリットは多い。演奏者は手垢の付いていない作品解釈への意欲が掻き立てられ、作曲者は再演の機会を持つことができ、そして観客は未知の音楽体験を提供されるのである。
実演例は次の通りである。エリック・サティの3章からなる交響的ドラマ「ソクラテス」の管弦楽パートをバーチャルオーケストラ(音源制作:松平敬、エレクトロニクス:有馬純寿)で再現し、4名の女声パートの歌唱および演技を歌手一人で行った。演奏家の振付を作曲家自身が規定した作品の好例として、カールハインツ・シュトックハウゼン「MONTAG aus LICHT」から《一週間の7つの歌》。無伴奏歌曲を演劇的に解釈する試みとして、湯浅譲二「レイン(ラング)からの二編」。声楽・踊り・楽器演奏のそれぞれ独立した3パートを一人の歌手が担う作品例として松平頼曉「Trio for One Player」。その他ジョン・ケージ作品など。
なお、現代曲は感情的要素をはじめ解釈を付加すべきでない場合が多いため、モノオペラとして再構成できる作品選定には慎重さを要する。その一方で、曲間に寸劇を入れて繋いだり、感情ではなく作品の構造を根拠とした身体表現を盛り込む方法など、表現方法には様々な可能性が残されている。過渡的な試みだけに当然課題はあるが、視覚を伴う聴覚芸術の一形態として一石を投じることはできたと考えている。今後ひとつのジャンルとして成立するためには、後続の演奏家及び実験的な試みを支援する観客の存在が必要不可欠であると締めくくった。
講演者プロフィール
東京藝術大学卒業。身体表現を伴う先鋭的な作品に興味を持ち、シ ュトックハウゼン講習会で学ぶ。2011年のリサイタル《Sec ret Room》では、シュトックハウゼン「ティアクライス」にみずから振付を施し、同作に”踊るソプラノ版”という新たな解釈を拓いた。2015年サントリー芸術財団「サマーフェスティバル」に出演。同年「トーキョー・エクスペリメンタル・フェスティヴァルVol.10」では、現代無伴奏声楽曲をモノオペラ風に縒り合わせるリサイタル「Secret Room Vol.2《布と箱》」、2016年「ソクラテスとエレクトロニクス」ではサティ「ソクラテス」を一人4役、バーチャルオーケストラと共に上演した。ピアノの藤田朗子とデュ オ・タマユラとして活動し、これまでにヴィエルヌ「憂鬱と絶望」、シェーンベルク「架空庭園の書」、メシアン「ハラウィ」等を手がける。演奏のほかに執筆活動を行い、新聞、雑誌、コンサートプログラム誌などに寄稿している。第一回一柳慧コンテンポラリー賞受賞。
※プロフィールは発表当時のものです
開催記録
質疑応答
質疑応答では、テクストが膨大かつ難解な作品の場合に観客へどのように理解を促すか、一人四役の場合に役柄へいかに差別化を図るべきかなど、具体的かつ幅広い議論が行わた。