2016年度7月研究例会(4) (第155回オペラ研究会)

研究発表

『恋愛禁制』における権力者批判 ~若きワーグナーによる社会批判の試み~

◇発表者:加藤恵哉
◇日時:2016年7月30日(土)17:00-18:30
◇会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 26号館(大隈記念タワー)1102会議室
◇言語:日本語

概要

リヒャルト・ワーグナーの初期のオペラ『恋愛禁制』は、シチリアの民衆に厳しい掟を守 らせようとする潔癖なドイツ人権力者フリードリヒが、自由で開放的な民衆に圧倒され掟 を廃止させられるという筋書きになっている。この筋書きは、ワーグナーによる社会批判の 試みとして読むことができる。そのことはヴィルヘルム・ハインゼの小説『アルディンゲロ と幸福な島々』における自由な主人公と不自由な社会の対立構造を、『恋愛禁制』における 民衆とフリードリヒの対立構造と見比べることで明らかになる。

『恋愛禁制』の脚本が執筆された時期、この『アルディンゲロ』をワーグナーに紹介した のは作家ハインリヒ・ラウベであった。この時期のラウベは感性的・官能的な愛のすばらし さとそれを自由に追求することの重要性を主張しており、ワーグナーは彼に同調していた。 彼らにとって『アルディンゲロ』はそうした思想の模範となるものであった。 『アルディンゲロ』において、主人公は閉鎖的な貴族社会に背を向けて放浪生活を送り、 エーゲ海に恋愛関係・性的関係の自由な理想郷を建設する。これは執筆当時ハインゼが置か れていた社会状況を踏まえると、その閉鎖的状況の対極にある南国の理想郷を描くことで ドイツ社会のみじめさを表現している、と解釈できる。そして『恋愛禁制』も、フリードリ ヒの束縛から脱し自由な祭典カーニバルを復活させる民衆を描くことでワーグナー自身が 所属する社会のみじめさ、不自由さを表現している、と考えられる。オペラという媒体の制 約ゆえか、ワーグナーがこの作品で示した理想的状況は『アルディンゲロ』ほど徹底したも のになっていない。しかしオペラで『アルディンゲロ』的ユートピアを表現しようとした試 みは評価できるものである。また、これ以降ワーグナーが作品を通して行っていく社会批判 の原型を見出せる点でも、『恋愛禁制』は意義深い作品であると言える。

発表者プロフィール

上智大学大学院修士課程(ドイツ文学)修了。現在、同博士課程(ドイツ文学)在籍。2014年から2015年までベルリン自由大学に留学。専門は、ワーグナー作品における19世紀思想。論文:「ワーグナー『タンホイザー』における社会批判」(『STUFE』、上智大学大学院STUFE刊行委員会、2015)など。

※プロフィールは発表当時のものです


開催記録

参加者:11名

質疑応答

質疑応答では、『恋愛禁制』においてキリスト教がどう扱われているか、同作におけるカ ーニバルをどう捉えるかといった質問があり、「キリスト教は主にフリードリヒ側の道徳と 結びつけて表現されている」、また「カーニバルは土着の文化という文脈で民衆と結びつけ て描かれ、尊重されている」という趣旨の回答を行った。これに対し、土着のものを尊重す る姿勢は 19 世紀当時の流行とも言えるとの指摘等があり、活発な議論が行われた。